『陰翳礼讃』と漆器の魅力

日本一のうるしバカを目指す男、うるしエバンジェリストの渡邊嘉久です。

谷崎潤一郎の『陰翳礼讃』(いんえいらいさ)は、京都の料理屋「わらんじや」を舞台に、蝋燭の薄明かりの中にかもしだされる漆器の魅力をひじょうに上手く書かれたものとして、大変有名です。

 ……燭台に替えて貰ったが、その時私が感じたのは、日本の漆器の美しさは、そういうぼんやりした薄明かりの中に置いてこそ、始めて本当に発揮されるということであった。「わらんじや」の座敷というのは四畳半くらいのこじんまりとした茶席であって、床柱や天井なども黒光りに光っているから、行燈式の電燈でも勿論暗い感じがする。が、それを一層暗い燭台に改めて、その穂のゆらゆらとまたたく蔭にある膳や椀を見つめていると、それらの塗り物の沼のような深さと厚みを持ったつやが、全く今までとは違った魅力を帯び出して来るのを発見する。

……派手な蒔絵などを施したピカピカ光る蠟塗りの手箱とか、文台とか、棚とかを見ると、いかにもケバケバしくて落ち着きがなく、俗悪にさえ思えることがあるけれども、もしそれらの器物を取り囲む空白を真っ黒な闇で塗り潰し、太陽や電燈の光線に代えるのに一点の燈明か蝋燭のあかりにして見給え、忽ちそのケバケバしいものが底深く沈んで、渋い、重々しいものになるであろう。……金蒔絵は……豪華絢爛な模様の大半を闇に隠してしまっているが、云い知れぬ余情を催すのである。

……もしあの陰鬱な室内に漆器と云うものがなかったなら、蝋燭や燈明の醸し出す怪しい光の夢の世界が、その灯りのはためきが打っている夜の脈搏が、どんなに魅力を減殺されることであろう。まことにそれは、畳の上に幾すじもの小川が流れ、池水が湛えられている如く、一つの投影を此処彼処に捉えて、細く、かけそく、ちらちらと伝えながら、夜そのものに蒔絵をしたような綾を織り出す。

ほとんど暗闇がなく、蝋燭の灯りだけで過ごすことのない現代の生活では、このような体験をすることはほとんどありませんが、蝋燭の薄明かりの中にこそ漆器の本来の美しさがあるのかもしれません。

漆の魅力ってなんだろうと考える時、たまに読み返したくなる一文です。

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