映画『バカ塗りの娘』を観てきた

漆じゃ食ってけねぇ

映画『バカ塗りの娘』でいちばん印象に残った言葉だ。

言葉を発したのは、お父さんと離婚して家を出ていったお母さん。


津軽塗り職人の父娘の物語『バカ塗りの娘』を観てきた。

漆職人の物語ということと、主演女優が堀田真由ちゃんということで、絶対に観たい映画だった。

堀田真由ちゃんのファンというより、堀田真由ちゃんは長浜出身でうちの次男と中学校の同級生ということもあり応援したいのだ。


9月1日封切りだが、上映館は少ない。

滋賀県の上映館はなく、京都で1館、大垣で1館。

ということで大垣コロナシネマに観に行ってきた。

日曜日だというのに、あまり集客が見込めないからなのか朝8時20分からの1回だけの上映。

7時前に家を出発。映画を観に行くのに、こんなに早く行ったことはない(笑)

そんなことは置いといて、『バカ塗りの娘』は静かな映画だが、いろいろと考えさせられるいい映画だった。

伝統工芸の衰退と継承、多様な価値観、家族愛、などなど現代社会の課題に対して問いかけているような内容だった。

僕がこの映画を絶対に観たいと思ったいちばんの理由は、自分自身が漆塗りの職人をやっており、業界が衰退していく中で、漆のことをどのように映画の中で伝えているにかに興味があったからだ。

完全に漆業界の人間の一人として『バカ塗りの娘』を鑑賞していた。

個人的感想だが、正直言うと、もっと漆のことを伝えてほしかった。

老人ホームに入っている主人公のお祖父さんが、

老人ホームでも自分の作った漆器を使って「

津軽塗の器で食べると百倍美味しい」というセリフがあったり。

漆器屋さんがお客さんに「

漆器は塗り直すことができ何十年と使うことができる」

「漆はサスティナブルな素材です」と伝えるセリフはあったものの

インパクトが弱かったような気もする。

お父さん役を演じる小林薫さんは、寡黙で生き方が不器用な職人を見事に演じていてさすがだと思った。

確かに職人は寡黙な人も多いが、職人自らが漆のことを伝える努力もしなければ、とこの映画を観て感じた。

映画の中で、卵の殻を割って卵白を取り出して漆に混ぜるシーンがあったり。

漆刷毛で漆を塗るシーンがあったり。

砥石や耐水ペーパーで漆塗膜を研ぐシーンがあったり。

手のひらで漆塗膜を磨くシーンがあったり。

生漆をクロメるシーンがあったり。

そういったシーンが静かな音楽とともに流れていく。

セリフはない。


漆の仕事をしている者には、それがなんの作業なのか、どんな意味があるのかということがわかるが、

映画を観る一般の人には何もわからないと思う。

父が娘に語りかけるように、

作業の説明や、素材や道具のことも伝えると、

鑑賞者に漆のことをもっと知ってもらうことができたのではないかと思った。

漆の仕事をしている職人の一人として、この映画を見終わったあとに思ったことは、

もっと漆のことを伝える努力と工夫をしなければということだ。

自分がわかっているだけでは、相手に伝わっていない。


漆の仕事のことはもちろんのこと、漆の体験価値を伝えることにももっと力を入れよう。

そして、漆の体験価値を伝えるために、まず自分の生活にもっと漆を取り入れよう。

漆の仕事をしている人間の家は漆が塗ったもので溢れかえっていてもちっともおかしくない。

おかしくないというより、漆職人らしいのだ。

お父さんと離婚して、家を出て行ったお母さんが、娘に向かって

「漆では食べていけねぇ」という。

残念ながら、この言葉は事実だ。

お祖父さんの葬儀の後、同性婚家を出て行ったお兄ちゃんが

お祖父さんの写真の前で涙を流す。

小さな頃は、お祖父さんの仕事に憧れて、漆の仕事をすると言っていたものの

大人になってみれば、漆では食べていけないことに気づき

別の道を目指すことになった。

今までと同じことをしていては、漆の仕事で食べていくことは難しい。

バカ塗りの娘は

新しい感性で新しいマーケットにチャレンジした。

映画はフィクションとはいえ

実際の漆の仕事にもどこかに道はある。

映画からの帰り、車を運転しながら僕の頭に浮かんだのは

『不易流行』という言葉。

変わらないものの中にも新しい変化を取り入れよう

頭を柔らかくしてしていこう

色々と考えさせられ

そして

固くなりつつある頭に刺激をくれた映画だった

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昭和38年(1963年)滋賀県長浜市生まれ。 漆塗職人をやってます。お箸お椀から建造物の漆塗りまでオールラウンドにこなします。日本一の漆バカを目指し、日本初のうるしエバンジェリストとして漆の魅力を広く伝えていきます。

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