お箸は結界
日本では横向きにお箸をおく それには深い意味があるのです
たかが二本の棒、されど二本の棒。二本の棒の『お箸』。お箸のことを知れば知るほど興味深くなる。
食べものを口に運ぶ食事方法は、その手段によって手食、箸食、ナイフ・フォーク・スプーン食の三つの型に分けることができ、それぞれが独自の文化圏を形成している。
東南アジア、中近東、アフリカを中心とする手食文化圏。中国、日本、韓国などの箸食文化圏。ヨーロッパ、南北アメリカ、ロシアなどのナイフ・フォーク・スプーン食文化圏。
箸食文化圏の中でも、箸を横向きに置くのは日本だけ。中国や韓国では右側に縦置きします。
いつの頃からか、日本では箸の横置きに大きな意味を持たせるようになりました。結界という意味です。
結界というのは、神聖な領域と俗な領域の境界を示すもので、たとえば、神社や神棚のしめ縄は神の領域と世俗を区切る結界です。
茶道でも、扇子が結界として使われます。茶室では、客は自分の前に扇子を置き、自分と亭主との間に、境界線を引きます。亭主の茶室の中(相手の領域)に入るときに、客は「あなたの領域に入らせてもらっています。失礼します」という気持ちを表すものと言われています。
食べ物というのは、さまざまなものの命でできており、私達はその命をいただきながら生きています。すべては神聖な自然界からのいただき物なので、俗な人間界に対し、箸の向こうは神聖な領域であると捉え、箸が結界の意味を持つようになりました。
先日の渋谷スクランブルスクエアでのポップアップに来てくださった東京藝術大学名誉教授の三田村有純先生に『お箸には結界の意味がある』ということを教えていただきました。
三田村先生の著書『藝術がいづる国・日本』に興味深い記述があります。
もし、お箸が中国から漢字とともに入ってきたとしたら「はし」と呼ばなかったのではないだろうか、お箸が中国から伝わって来た文化だとしたら、漢字の読み方「チョ」を使ったのではないか。
日本のHASHIはHAとSHIに分けて単母音で考えると意味が理解できる。
HAは先端にある物を取り入れる器官であり、SHIには物を固着するという意味がある。人間の顔には歯=HA、鼻=HANA、肌=HADAなどHAが読み込まれた器官がある。当然植物の花や葉も同じ意味での発音である。
SHIという発音は、唇に人差し指を当てて周りに合図をする意味である。これは騒ぐな止まれ=泊まれ=停まれ=留まれの意味である。これらの意味は固まる=固着するという意味である。
ブリッジの「はし(橋)」というのは、「向こう側とこちら側を繫ぐ」という意味、「はしら(柱)」は天と地を繫ぐ意味である。「ら」は立つという意味がある。
お箸はあなたの命を私の命のためにいただくのに使う、だから「いただきます」と言って食事をするのが日本人である。
(『藝術がいづる国・日本』三田村有純著より引用)
毎日、何気なくお箸をとり、何気なく食事をしていると、「自然界からの命をいただいて生きている」ということを忘れがちです。
食べ物の前にお箸を横に置き、「いただきます」と手を合わせ、そしてお箸を取り、食事をいただく。自然界に、そして、食に携わってくださった全ての方への感謝の気持ちを忘れないようにしたいですね。